つれづれ花42 分け合う  2012年12月14日
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分け合うという言葉

この頃何故か考えるようになりました

分かち合う は 心の中の想いを共有共感するときに使いますね 喜びを分かち合う 哀しみを 苦しみ苦労を分かち合う など

分け合う は 一つの物や纏まった物を数人で分けることの意味でしょうか

わたしには唇の近くにほくろがあります 子供の頃から会った人から「食べ物に不自由しないわよ」とよく言われました わたしには何の意味かも知らず それでもうらやましい意味の褒め言葉という感覚はあり悪いことではないのだと受け止めていました

ほくろのせいなのかどうか これまで食べたいと思うものは難なくいつでも食べてこられて 食べ物の好き嫌いは多いほうかもしれなくて なんでも食べたいという欲求もなく 執着も薄くて食べず嫌いなのです 新しい食べ物に挑戦するより今気に入ったものを食べたい時食べたいだけ食べれば満足というのが快適なのかもしれません

なので 人の食べているものを欲しがるとか 相手の食べているものを分けて欲しいとか想ったこともないのです 相手も自分のものは当然自分が独占して食べていいものという意識ですから 分けてくれたこともなく 自分のものをわたしに分け与えるなどという意識もないのです

そんなふうに食べ物は自分の手にした 自分に供されたものは独占して当然という習慣で来ました いまは食べ物に不自由しない時代だから当然といえば当然なのでしょう

居酒屋さんや女子会で食事に行きますと 料理が数人分を大皿に盛られて出てくることが多いですね 中華料理もそうですが それはそういう食事の形態だと認識していますので 分け合って一人前を取り分けるということには抵抗はないです

ある日 ある時 小さいお茶菓子一つの封を切り 半分に割って 「半分どうぞ・・・」と差し出してくれた方がいました

わたしも促されるまま 小さなお菓子の半分をいただきました 特に珍しいお菓子ではなく食べ慣れたお菓子でしたが味わいながら食べました 

飲み物もそうです コーヒーと煎茶を飲むことがほとんどですが それ以外はコーラを飲みます あるとき一本の瓶のコーラをグラス二つに注いでいただいたことがあります

その時の状況はお菓子も一つずつ食べることが出来たのです コーラも一本ずつ飲むことも出来たのです でもそのときの一つのお菓子を分け合って食べること 一本のコーラを分け合って飲むこと そのことが心の記憶にほんわりと温かな炎のように心に残って思い出されます

満足感とか満腹感というのは食べた量や食材の豪華さではないように思えた出来事です

グルメや珍味というものに欲求の目が行きそうですが ほんとうの心を満足させる食の意味というのは心も寄添って食べることだということをしみじみと感じます

今 孫の食事の世話に通う日々です 食材も贅沢です 冬でも夏の野菜や果物がいつでも冷蔵庫にあり 肉も魚も食材は豊富です わたしもおばあちゃんの役目として栄養のバランスを考え野菜も取り入れて美味しいものを作ろうと腕を振るいます

ところが 孫が喜ぶのは 1.炊き立てごはんの塩おにぎり  2.梅干とシラスのごはん 3.海苔と鰹節のしょう油味ごはん 4.ふりかけごはん これが大好きベスト4なのです

笑っちゃうでしょう・・・?♪

そんなものかなぁ〜と思います なのであれもこれも食べさせようとすると栄養面などで食べるものに神経質になりがちですが無理強いすることにならないようにしています

デザートはりんごや柿バナナもみかんも大好きです プリンやヨーグルトなどは独り占めをしたがり一つずつは当然のようにいつものことでしたが この頃 分け合うということを教えようと思い始めました  

バナナを半分ずつ プリンを半分ずつ 柿を半分ずつ 分け合って食べるということがあること     「半分どうぞ・・・」って 自分のものを人に差し出すことできるように そういう気持ちの持てる人になって欲しいと まだ幼い孫に関わりながら想うこの頃です

食べ物が不足しているとか 足りているとかではなく 今、手に持っているものを目の前の人に分け合えること  同じものを同じ気持ちで味わうことの親近感を知ることがとても素敵なことだと気付くこと そのことに気付けたなら小さな幸せを感じるような気がするのです

今、この年代の遅い認識ですが そう教えてくださった方に ありがとうと言いたいです

12月10日 朝の雪景色            このとき25センチ                 昼に30センチを越えました 前日9日夜は刈り込んだ柊の木にこのくらいの積雪でした まだ花が盛りなのですが・・・